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鹿児島地方裁判所 昭和33年(わ)268号 判決

被告人 丸田イト

主文

被告人を懲役一年及び罰金五万円に処する。

右罰金を完納することが出来ないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、鹿児島市上之園町四四番地において、内縁の夫上釜嘉澄の営業名義に係る丸田旅館の事実上の経営者であるが、同旅館の女中として雇入れていた山之口律子、佐藤節子こと斎藤しげ子、大山きみ子こと長野きみ子、吉村和子の四名が、不特定の泊客の男子を相手方として、対償を受け性交して売春するに際し、その都度その対償たる所謂身代の中から五百円宛を徴し、自己の経営管理する右旅館の二階客室を売春を行う場所として、貸与する方法で、昭和三十三年四月一日より同月二十八日頃まで山之口律子が三回位同客室において売春し、同女より身代千五百円位を徴し、同年五月九日頃より八月二十日頃まで斎薬しげ子が四十六回位同客室において売春し、同女より身代二万三千円位を徴し、同年六月十一日頃より八月二十日頃まで長野きみ子が三十五回位同客室において売春し、同女より身代一万七千五百円位を徴し、同年七月十四日頃より八月二十日頃まで吉村和子が二十回位同客室において売春し、同女より身代一万円位を徴し、その都度右客室を売春を行う場所として貸与提供し、もつて売春を行う場所を提供することを業としたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

罰条 売春防止法第一一条第二項、罰金等臨時措置法第二条

換刑留置 刑法第一八条

(売春防止法第一一条第二項を適用した理由)

本法第一一条第二項の解釈として法務省刑事局側の見解(検察月報第九一号二六頁、法律時報昭和三三年二月号一二頁)に依れば、「何々を業とする」とは「業として何々する」という場合と異なり、単に継続的に行う意思をもつてするだけでは足りず、一個の業態としてする必要があり、従つて、旅館業等を営む者が、たまたま売春の場所を提供したときは、その回数が多くても第一一条第一項の罪が成立することはあつても、第一一条第二項には当らない。しかし、建物の全部を全く売春のためだけに提供する程度に至らない場合でも、売春を行うための特別又は必要な設備を備え、売春を行う場所を提供することが営業の重要な一部となつているような場合は第二項の罪が成立すると謂うことであるが、当裁判所は、解釈論としてこの説には賛同し難く、本法第一一条第二項に所謂「売春を行う場所を提供することを業とした者」たるためには売春を行う場所を提供することを継続的に行う意思をもつてするだけで足りるものと解する。而して本件の証拠に照らせばかく解さざる限り本件事案に対しては第一一条第一項を適用すべきこととなるので、当裁判所の見解の理由を次に摘記する。

一、従来から「業として何々する」との文言と「何々を業とする」との文言は、いずれも同一内容として解釈されて来て居つて別異の取扱はなされていない。即ち、職業安定法第三二条第一項には「何人も、有料の職業紹介事業を行つてはならない」と規定され、同法第六四条第一号に罰則が定められているが、これは「有料で職業紹介することを事業とした者は云々」と読みかえることが出来る。然るに、仙台高等裁判所の昭和二十四年八月九日の判決には「職業安定法第三二条にいう職業紹介事業とは素朴的に事業という用語によつて連想されるある程度の規模乃至組織を備えたもののみを指すべきではなく、業として、即ち継続的意思をもつて反覆して、同法第五条にいうところの職業紹介を行うすべての行為を指すものと解するを相当とする」(高裁刑事判決特報第一号八三頁、判例カード昭和二四年高刑第四〇四号)と明確に判示されている外、他の判例を見ても職業紹介に必要又は特別な設備を整えるとか、営業の重要な部分として紹介をすることが必要であるとか、というような条件を必要とする旨を判示した判例は見当らない。次に、医師法第一七条には「医師でなければ医業をなしてはならない」と規定され、同法第三一条第一項第一号に罰則が定められているが、これも「医師でないのに医療行為をなすことを業とした者は云々」と読みかえる事が出来る。然るに東京高裁の判例(高裁判例集第九巻四号三八六頁)に依れば「たとい医業類似行為を業としうる者といえども、注射、投薬等の行為を業として行つたときは、医師法第一七条にいわゆる医業をなした者として処罰を免がれない」「疾病治療の目的で反覆して薬品又はこれを含有する鉱泉等を注射し、または服用させたときは、医師法第一七条にいわゆる医業をなした場合に該当するものと云うべきである」と判示してあるだけで、その事案の内容を検しても、前記の如き条件は豪も存在していない。

二、売春を行うための特別又は必要な設備とは具体的には果して何を指すのか。前掲の説明には全然記載されていないので、判断に苦しむのであるが、かような条件を付けることは第一一条第二項の文理解釈上何処からも出て来ないので、徒らに法規の解釈を錯雑ならしむるものであつて、若し、かかる条件を構成要件上必要とするならば、立法技術上当然具体的に条文の文言中に明記すべき筈であると解釈するのが相当であり、従つてかかる条件を具体的に明示した文言がない以上かような条件を構成要件の一つであると解すべきでないことは当然であろう。

三、更に、以上の如き条件を付けることの実質的理由が果してあるであろうか。現在の違反状況を顧るに、本件事案の如く売春を行うに必要又は特別な設備を備えることなくして、普通の旅館の建物乃至設備をそのまま利用して売春を反覆累行する犯罪が頗る多きに及んでいることを考えるならば、この種事案に対して、軽い第一一条第一項を適用せず、重い第一一条第二項を適用すべき社会的事由さえあるといえるのではなかろうか。

最後に、本件事案を見るに、本件旅館を売春を行うためだけに全部提供する程度に達していたと見るべき証拠はなく、又洗滌器の如きものの設備もなく、たとえ塵紙を売春婦に分売していた事実があるにしても、これをもつて直ちに売春を行うために必要又は特別な設備とは断じ難いであろうし、更に被告人の営む旅館業の実質的内容として売春を行う場所を提供することが重要な営業部分をなしていたとまで断ずるに足るだけの証拠も存在しないのであるから、以上の如き条件は全く存在していないと見るべきである。然し乍ら、本件においては、売春を行う場所を提供することが、かなり長期間に亘つて而も相当頻繁に反覆累行されていることが明らかなばかりでなく、その売春婦四名は被告人の管理する本件旅館に住み込みの者ばかりであるから、若し、被告人が売春婦を当初より売春させる目的で住込ませていたという証拠があれば、本件は更に重いところの売春をさせることを業とした者を罰する第一二条違反の罪となるべきであるが、かかる確証のない本件においては勿論同条違反として律することは出来ないけれども、これに近い形態を取つている以上、第一一条第二項の所謂業態犯として律すべき事由が更に尚存在するものというべきであり、尚又、被告人は、売春宿として客を案内して来たタクシーの運転手にチップを払つていた事実が証拠上認められるし、売春を行う場所として本件旅館の客室を提供した都度、その対償として継続的に売春婦より一回五百円程度の現金を徴していた事実が明らかであるのであるから、所謂営業犯の形態は充分欠くるところなく具備しているものと見るべく、従つて第一一条第二項の罪が成立することは当然のことである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 田上輝彦)

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